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宮沢賢治と東山町―「雨ニモマケズ」は生きている

 東山町「石と賢治のミュージアム」名誉館長 斎藤文一

 

東山町松川に遺されてある登録有形文化財「東北砕石工場」。晩年の宮沢賢治が工場技師として、酸性土壌改良剤炭酸石灰宣伝に努めた工場である。病弱の身を押して奮闘、ついに力尽きて再起不能の病床に伏す。その病中、家族にも秘して書き記した1冊の手帳の中に、いわゆる「雨ニモマケズ」が一気に書き下されていた。
 その「雨ニモマケズ」の真髄を、宮沢賢治研究第一人者斎藤文一先生が、20分という短時間で語る。
 
詳しくは下記のPDFをご覧ください。

 


宮沢賢治と東山町―「雨ニモマケズ」は生きている