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無刑録に観る芦東山の理想(ゆめ)

2006年10月20日 

  無刑録に観る芦東山の理想(ゆめ)           講師 東北大学名誉教授 高橋富雄先生

<「芦東山ニューディール(出直し)>

 たいてい講演をする講師は、そのテーマについてちゃんとした研究をして、その成果を発表するということになるのが順序ですが、まことに申訳ないことに、私は芦東山についての研究らしい研究というものをしたことがないのです。したがってそれをテーマにした論文とか本とか講演というものも、未だかつて一度もしたことがないのでございます。今回おわり初物でございます。

 そういうことで、まことに無責任なようで恐縮なんですが、私は何とかこの新しい磐井一関というものの歴史や文化を見直していこうという考え方をするなかで、芦東山という方がテーマになってきまして、そのことについて、私なりの答えを出していかなければならないことになり、本当の俄か勉強なのです。ですから大学で言えば専門課程ではなくて教養課程、むしろ大学以前の小学校か中学校段階あたりの知識とそういうことになってしまうのでございます。

 そこでまことに申訳なく思いながらも、私は逆にそのことが、芦東山先生を新しく21世紀の未来の指導者として仰ぎ、これに従って未来を創っていくにふさわしい勉強の仕方ではないかとも考えているのでございます。

 何故かといいますと、既にこれまで何人かの方々が立派な研究をなさっておられる専門家がいらっしゃるのですけれど、ここにおられる町民、市民の大部分は、すべて芦東山というお名前は承知しておられても、その本であるとか、思想であるとか、学問であるとか、そういったことについては正直いって、私と五十歩百歩というところでないかと、即ち全てこれから一年生として出発し、にもかかわらずこれからは一年生にとどまっていてはだめだということ、早く三年、五年、いや大学院にまで進み、そして私たち自身が芦東山という方なみになることはできないにしても、先生がどういう先生であったかということを、私達の責任においてちゃんと位置付けていくことの出来る、評価することのできる、そういうところまで勉強していかねばいけないと、そのスタートになる記念の日になる。そういう意味においては、かえって私のように芦東山の素人である人が、みなさんと一緒になって、但しこれからはそんな素人であることを自慢するような勉強の仕方ではだめだということを、ここで決意し直すと、そういう点で私はほんとにみんな一緒の出直し、英語ではニューディールといいます。 「芦東山ニューディール」ということになるのでないかと、私はそういう講師としてお話をさせていただくことにいたします。ご諒解下さい。

 

<芦東山「無刑録」の背景に注目>

 ただし、そうは言っても、それじゃ高橋は全く役に立たない講師なのかと思われては若干心外です。芦東山そのものについては残念ながら全くの素人一年生でが、しかし芦東山というような方、こういう人を立派なお方として見直していかなければいけない、評価していかなければいけない、そういった周りの勉強はかなりさせていただいているつもりなのです。すなわち芦東山そのものはまだブランク、空白、白紙だけれども、このように考え、そして問題にしていくバックグランド(遠景)のようなもの、あるいはパースペクティブ(背景)のようなもの、そういったものについてはかなり勉強しているつもりなのです。ですから今日は、「無刑録」を東山先生自身がお書きになったり、あるいはお話になったりするような、芦東山先生のおかれた周辺、関係から、徐々にあるべき東山先生「無刑録」のあるべき姿、こうなければならないのでないか、いやこうあったのでないかと、そういったことにしぼっていくようなお話をさせていただこうかなと考えたのでございます。

 

<もったいないタカラが持ち腐れになっていないか>

 まず私は率直に言って、磐井の方々、あるいは新一関の方々、大東の皆さん方が、宝の持ち腐れになっているのでないかなという心配をしているのです。ところがこれほど立派なお方、立派な歴史というものがここに厳として実在するのだったら、なぜそれを大きな柱に立てたような教育であるとか、学問であるとか、人間形成であるとか、そういったことが町自身の学校の教育方針にも出ている、町づくりにおける大きな指針になっている。そういったところにまで来ることが出来ないままなのかと若干残念に思っているのです。先ほど永澤先生の問題提起の中でも、いったい人間が懲罰などというものを必要としない世の中になることを理想としているはずなのに、なぜそういうことになかなかなれないのだろうかというお話がございました。全く同感です。

 しかしそれをただ単に私達の感想としてではなくて、現にそれを正面に掲げたテーマとして芦東山先生が膨大な「無刑録」というご本をお書きになっています。たいへんなご本でございます。正直いって私、それを残念ながら原文で読むということが出来かねております。今日は記念館を見学させていただき、三冊本になっているのを拝見いたしたのですが、かなり高価なもので、一般の人たちが座右の書として勉強していくというところまで普及しかねるような状況です。でも私はこういうちゃんとした本として買えるかたちになっておりますので、ぜひ近いうちにこういったものについて本格的に、原文について勉強していこうと思っています。だが私、若干の概説的な知識はもっているつもりでございます。

 

<二十一世紀日本のため見直されるべき芦東山>

 芦東山という方は、封建時代、仙台藩に生を受けられたため、不幸にしてその思想も学問も孤立し、そして悲惨な生活を過ごさざるを得ないようになったということは、歴史的な事情から考えて止むを得なかったということがあるかと思います。しかし時代が明治以降、近代になって、ましてこの現代になっても尚且つ、芦東山先生が当時とそれほど変ったようでない状況に置かれているというのは、残念なことでございます。これは私達の不勉強によります。私達の不勉強がそうさせているのです。

 私たちは封建時代を生きているのではありません。明治・大正・戦前のような窮屈な日本を生きているのではないのです。ある意味においては、日本以上に自由で民主的な国は世界に無いといってもいいくらいです。そうであれば江戸時代に禁書になっていた、タブーになっていた、異端とされていたような思想とか本というものを、かえって自由に、むしろこれこそどなたよりも熱心に勉強されてよろしいのでないかとさえ思うのに、なかなかそういう空気になっていないということは、やっぱりまだ芦東山という方が閉じられた世界の中に、政治や法律における生活では解放されたけれど、学問的にはまだ完全に開かれた世界の中の自由人として扱われているというところまで来ていないのでないかという、率直に言ってそういう感じがいたします。そしてこれはこの町にとって不幸なことであるばかりでなく、日本人にとっても不幸なことであると、私はそう思っています。

 私の判断によれば、感性によれば、この方は読みようによっては、それから直接そういうふうに言っているのでなく、書いているのでないにしても、その趣旨を生かすように私達が学び直すのでさえあれば、この方が日本人が過去に持った思想家、学者の中では、最も大事な、最も優れたとは言えないにしても、最も大事な問題について最も具体的に、最も深刻なかたちで問題提起をしているという点において、私は、これは二十一世紀の日本のために、もう一度見直されて良いお方だと思っています。

 そうであれば、よそからそう言われて、こちらもそうかとその気になれるのでなくって、皆さんの中から、この町から、こういう理由でこの人を代表的な日本の未来を代表する日本人になるのだという考え方をしていき、それを大きな地元からの世論としてもり上げて日本的なものにしていく、そうなってしかるべきだと思うのですが、みなさん如何ですか。

 これは言ってみれば今、百円で通用しているところのものを一千万円か一億円かにしていけるような桁違いのテーマなんです。そういう大きな開発というものに、よその資本やよその手を借りないで、こちらから切り開いていくようなことがなぜ出来ないのだろうかと考えています。

 

<記念館落成に合わせた芦東山先生の魂入れを>

 私の考えをずばり申上げます。芦東山の本、膨大なものです。一括して題名は「無刑録」。この題名が持つ深刻な意味をみなさん考えてください。刑罰、刑を必要としない法律、政治、思想、そういうようなものがどうすれば現実可能になっていくのか。一言でいって、そういうことをテーマにした本なのです。みなさん感じませんか。戦後日本では安藤昌益という方がたいへん有名になりました。私はこの人はなるべくしてそうなったと考えてはみたのですが、私は平行して、なぜ安藤昌益という人の「自然眞営道」とか「統道眞伝」などが、あれくらい日本人の新しい考え方に対するカルチャーショック、文化の大きな衝撃の役割を果したのかということと比べて考えると、「無刑録」という本が「自然眞営道」や「統道眞伝」などのように必要以上の刺激的な攻撃的な言葉を用いずに、すべて学問面で処理できるかたちでの総合的な批判乃至理論として「無刑」、刑罰を必要としない、あるいは用いるべきでないというような政治、社会の理想を考えるという、そういう書物になっていることが理解できます。

 そうであれば私は安藤昌益の「自然眞営道」などというものを、一般の人がどのくらいお読みになって、そうだそうだとなったのか、私は些か不審に思っているのでございます。そして「無刑録」の方は、それよりもっともっと分かり良いような、すなわち理性的学問的なものになっているはずだと思ったのです。ただ残念ながら漢文で書かれている。このままの形では、まず一般の方々にはちょっと手に持ちかねます。それから膨大に過ぎる。それから芦東山という方は、学があり過ぎるわけです。そんなに丁寧にやらなくてもいいようなところも丁寧になり過ぎている。それが全部漢字で埋められている。そういったようなことから、これは非常に限られた学者の間の本としてしか、それを扱わなかったという不幸があるんだと思います。これを学者と言われる方々が、もう少し判り易いような文章に要約する形で提供したなら、私は芦東山という方が十分に安藤昌益並みか、それ以上に、新しい日本の未来を開く、むしろ日本人離れした先駆的な学者だったのだという考え方になり得ると思っているのです。

 そしてそういう学者の原籍地が、郷里が此処なんだよということになったら、皆さん黙って居られなくなるでしょうね。記念館を建てる、これ結構です。しかし仏さまを作って、そこに魂を入れなければなりません。記念館が完成するときには、これを喜ぶ町民の方々、市民の方々が、芦東山先生の魂をこの記念館の中にちゃんと呼び込んで、その上で落成式をもつようにしたらいかがでしょうか。そうでないと「仏つくって魂入れず」ということになる。そしてそのためにも皆さん、一年生の俄か勉強で結構、そこから何とかして大学に近いところまで勉強していかなければならないと立ち上がる今日が、その入学式だという考え方になっていただきたい。そういうふうに思います。

 

 <「無刑録」がほんとうに言おうとしている哲学をこそ>

 私はそういう大きく芦東山の「無刑録」というものを考えて、参考のための漢詩か或いは短歌のような形で、その心をまとめてみることにいたしました。そしてこの方がかえって分り良いように思いますので、これについて私の考え方をまとまった形で申上げます。「無刑録」というもの、これは注目すべき哲学をもっている。字句にだけこだわった勉強の仕方ではなく、大局において、根本において、東山先生が何をどう考えていたか、そのエッセンスを要約してみたのです。

 それはいったいにして「無刑」、刑を必要としない、刑を適用すべきでない、適用しないようにする。そこには大きな哲学がなければいけない。教育がなければいけません。こういうことについて私は、中国、東洋においては「老子」という方が冒頭にこういうことをおっしゃっているのでございます。「道の道とすべきは常道に非ず。名の名とすべきは常名に非ず」。そのこころは、いったい人の道はこうだよ、親はこうなければいけない、教師はこうなければいけない、生徒はこうだと、そういう形に表わされ、もしくは一定の形式の中にきっちり閉じ込められてしまったようなものは、実は死んだものである。ほんとうに「道」と言えるもの、モラルと言えるもの、真理と言えるもの、真といえるもの、それは人の心の中に血が通うかたちで生きているものでなければいけない。それなのに学者や聖人が、これが天の道であるとか、人の道であるとか、ああしてはいけないこうしてはいけないなどという形で提示されているが、かえってそれが道と言うもの、本当のあるべきかたちをねじまげてしまったものになっているという考えです。

 そういう考え方と同じ考え方が、無刑、「刑は刑無きを期す」という、こういうところに現われているとすると、芦東山の無刑録の哲学というのは、下手にあんまり中国の法律からこうなっている、あるいは儒学者はこう言っているということよりは、かえってこういう「道の道とすべきは常道に非ず。名の名とすべきは常名に非ず」といったようなところにまで徹底していく考え方が必要になってくる。そしてそういう心で「無刑録」の哲学が読み直されたとき、あんな膨大な中から、無刑録の中で本当に言おうとしている哲学、根本の心、それが何であるかということを、そんなにごちゃごちゃ言わなくても突き止めることができるのではないかと私は思っているのです。

 

<究極の理想社会を目指す芦東山の哲学>

 もう一つ、有名な言葉です。中国の信頼できる漢字の辞書によると、例の有名な武士、武士道のあの「武」、武器を持って敵を攻める、人を殺す、そういった武について、「武」というのは矛を止めるという意味なんです。皆さん書いてみてください。これは矛(ほこ)、矛は武器です。刀を止めるというのが「武」という意味。すなわち武の最終目的というのは、武がないことを期する。武が必要でないようにおこなっていく、実践していく。それが武というものの究極の目標である。こういうふうに言っているのです。

 私は「武士道」なるものが、現代において、いや未来においても、例えば内村鑑三というクリスチャンが、「武士道に接木されたキリスト教は、キリスト教の中で最もすぐれたものである」という言い方をしたのですが、この武士道の考え方が根本的に、武は矛を止める、武は武を止めることをもって理想とするという、この考え方に徹底した武士道でなければ、キリスト教というものが最終の人類の宗教とすることのできるような力を持ち得ない。ただ内村という人がこういうことを知っていたどうかはわかりません。そういうことから内村という人に、若干心配なところがありますが、私はそういうふうに考えて、こういう武士道であるかぎり日本の心として本当に素晴らしいと考えるのです。何故かと言うと、ほんとうの平和ということが実現するところまで行って、始めてそこに武の目的が達成されるんだ。それが武器を必要としない世界だという考え方をしているからです。私は「無刑録」の無刑という心はこの心そのものだ、すなわち「道の道とすべきでない道」、「矛を止める武が武を止めるをもって理想とする」のこの武。無刑、刑は刑無きを理想とするがこれだということになってくるのです。

 こういうふうに人類が、東洋において最も深められた形で究極の理想というものを言い表したこれらの言葉に、十分太刀打ちできる思想、これと並べて考えることの出来るような思想が、ここに膨大な「無刑録」という形でもって、総合哲学のような形でもって固め上げられたのだとしたら、皆さん、こんな名誉なことを大東町の方々が片手間に扱っていることなどできません。

 

<欧米「ヒューマニズム」に通底する芦東山の思想>

 私たちはこういう大きいものについて、歴史を見直し、学び直していくような習慣が全くついていません。そしてそれほどでないことで世界一であるとか、人類初であるとか言っても、中身が全然伴ってきていない。そういう考え方、哲学的にこういうことこそ、本当に人類の究極のこころを表していると言えましょう。

 私はこの後で触れようと思っていますが、こういう心を日本の熟語ではきっちり表現されていないのです。さまざまに言い表されているんですが、どうにもきっちりしません。ヨーロッパでは非常に簡潔な言葉できっちりしています。それが16世紀、17世紀の、特にフランスあたりでの「ユマニスム」、英語で「ヒューマニズム」と言います。ただ日本でのヒューマニズムには、何となくある一つの型が出来てしまっている。

 フランス語でヒューマニズムをユマニスムというふうに言うとき、これは先に申上げた中国での「道の道とすべきは常道に非ず」の心に非常に近い。「武は武無きを武とす」という考え方と非常に近い。人間の最も根源的な性質、人生に即したかたちでの真実、人への愛、それが特にこの近世初頭における「ユマニスム」という言葉で表現されたのです。私がここでこういうことを申上げているのは、このことなんです。何となくみなさんには、よそごとのように捉えられるかと思うのですが、それは逆なんです。これからの日本は、日本にだけ通用する考え方をしていては、世界の国民になれません。今日、日本がなぜ本当の意味において世界第一等の国民と考えられないのか。それは、何となく日本にだけ通用するような価値基準というものが大きな枠、足かせになっているところにあります。これを何とかとっぱらっていかなくてはならない。そうすると、フランスでどうだった、イギリスでどうだった、アメリカでどうだったなどと、他所事を言っているときでなくなってくる。良いことはどこでも良い、だめなことはどこでもだめ。そういう考え方で、どんどん他所の良いところ、私達がそれまでそう考えていなかったものを、よりよく考え理解し、ふさわしかったらどんどん吸収していくような勉強をすることですね。明治初期の日本は良かれ悪しかれそういう空気が一般的だったのです。それを「文明開化」と言っていたのです。かなり形式的でした。そうして駆け足でやったため良い加減に終わりましたけれど、私はじっくりとそういう世界国民に、日本がなっていくことを今求められているのだと考えています。

 そういう日本国民のままでは、何となく東京であるとか大都会であるとか、大学とか、インテリだとかが学問やっているとかと、そういう方々中心に考えてしまう。これが間違いで、そういうふうにしているから日本が伸びてこない、本当の日本というのが底辺にまで下りていかないのです。みんな東京の霞ヶ関あたり、大きな大学あたりに止まったままでいる。この考え方をきっちり転換させて、底辺にまで、地方の隅々にまで行き渡るようにしていくことによって、はじめて日本人の心というものにまで届くようになってくる。私はそう考えます。

 さて、このように最も良くアピールできる文章や心が、芦東山先生によってきっちり遺されているのだから、何故それを拠りどころにこれを日本の言葉、世界の言葉にまで広げていけないのかということ、みなさん不思議に思いませんか皆さんが、何となく磐井のこと、大東町のこと、一関のこと、岩手県のこと、これはよく分るけれど、これが日本全体のこと、世界の出来事となっていくと、それがだんだんと霞んでしまっている。これをすべて取っ払っていかなければならない。良いことは何処にあっても良い。だめなことは何処にあってもだめという、そういう基準さえきちっと刻んできたら、そういう考え方は解消していきます。

私はこういうところにならないまま、小学校で英語をどうこうするなど、ああいう形式的なことからはじめているのでは、これが根付くものではない。もしヒューマニズム、ユマニスム、こういったものを日本語で人間主義など、いろいろ言い表そうとしても、やっぱりほんとに痒いところに届いくような日本語になっていかない。これを分り易い形で、向うの原点について考え直していき、これを私達の日常の文化に呼び戻してくるような勉強会が積み上げられていかないかぎり、ユマニスムなどというものは日本人の心になり得ません。日本人は今、必要のない英語などを、いやになるくらいふんだんに使っています。私はこういう無駄な用のない外国語を十分の一ぐらいに切り捨てて、本当に私達の接木になるような外国語を日常化する、そういう努力をこそ学校の先生方が努めてやっていただくべきだと思うのですが、そういう勉強が私達の身の回りではきわめて少ない。それだからここで私が、何となく実状に合わない大風呂敷を広げているような感じ方をされてしまうのです。

 そこで私はこのことを漢詩の形で、七言絶句の形でまとめて来ました。「道の道とすべきは常道に非ず」。これ老子が言ったことをそのまま真似したのですが、その次「武は武を止めるをもって武道と為す」。これも先ほど申上げたことです。

 さて、この心でもって「無刑録」を読んでいくなら、私はこれらとほとんど同じところにまで、芦東山先生の思想が、哲学が、掘り下げられていって「無刑」という思想が起こったのだと理解されていくことになっていくことでしょう。

 

  「道可道者非常道 武者止武為武道 今法無刑以期刑 光自東峯深奥道」

 

<「光は東峯よりす深奥の道」芦先生にささげる賛辞>

私はこういう言葉に置き換えました。

「法現在」、現在というのは芦東山先生の段階で今、法律が刑罰と言うものを必要としない、無くする、そういったところを理想としなければいけない。そうするにはどうすれば良いかということが延々と「無刑録」に書かれている。そして「光東峯よりす深奥の道」。これを皆さんへの私のおみやげ、プレゼントにしようというのです。「光は東方より」ということはよく言われますね。ラテン語で「ルクス エクス オリエンタリカ」というんです。光は東方より。これ人類の歴史は、文化はアジアから、東の方から始まったと言われています。これ世界史の言葉です。その世界史の中でこの「無刑録」をあつかう。そのようにして磐井を、東山をあつかっていくと、その心が分ってくる。「光は東峯」、東の方角としないで東の峯と書きました。でも「方」は「峯」です。そこで「光は東峯よりす」、ルクス エクス オリエンタリスであると。日本人の新しい理想は東山から起こったのだということを、東方を「東峯」と表したのです。そしてこれこそはみちのくを生きてきた人たちの本当の奥深い心であると、そういう言い方をしました。「深奥の道」、みんな「陸奥」ということばをよくいうのですが、「みちのく」はそういう意味です。しかし同時にそれは学問的に、あるいは文化的に、もっとも奥深い心を生きた風土だと、こういう意味をこれにもたせました。この「みちのく」ということばでに、みなさん方、いつも暗いイメージで否定的に考えがちです。私は、かえってこういう深奥、もっとも奥深い日本を生きた地域だというように、何故言うことが出来ないのかと不思議に思っているのでございます。私はみなさんと同じ岩手県生まれです。そしてここが二千年経っているのに、依然として「みちのく」についてマイナスイメージなんですよね。他所の人がそういうのは止むを得ないとしても、我々自身までがこれでは不甲斐ないことと思い、芦東山の「無刑録」を借りて、「光は東峯よりす深奥の道」だと、こう言うことによって「みちのく」からもっとも奥深い人類の理想についての提言をしていこうとしているのです。

 これは本当に光が東山から起こった。と同時に芦東山先生から起こった。光は東峯より起こったのだ。私はそういう勉強を、皆さん方がこの新学習の中で、皆さんが分かるようなかたちで始めていったら、ほんとうにこの芦東山勉強が張り合いのあるものになってくるにちがいないと思っています。そのためには少し周りから、良いものはどこにあっても良いんだというかたちで、無駄なもの悪いものを切り捨てながら、必要最小限の良いものをとり入れるかたちの勉強をしていく。これそんなに不自然ではありませんよ。

 皆さん今まであるものをそっくりそのままにしておきながら、アメリカのもの、ヨーロッパのものと言うからおかしくなっちゃうのです。そしてもう一つ、いきなりヨーロッパだ、フランスだ、16・7世紀のユマニスムだと言ったって、何となくよそ事のようで、芦東山などと何も関係なさそうに思われるのですが、これ全然違うのであって、そちらと結ぶことによって、芦東山先生の新鮮な再認識にまでいく。そうだったら、皆さん取り付きますよね。

 

<東と西との対話 みちのくとヤマトとの対話>

 今から百年程前のインドがまだイギリスの植民地だった頃、そこの治世官だったキップリンという方がイギリスに戻り、東と西、東洋と西洋、両者比較する有名な詩を書きました。私はこういう詩を、皆さんぜひとも大東町における日常教養の一つにして欲しいとねがいます。皆さんが遠慮して、これを全然カットしてしまわずに、おいしいものはどこのものでもいただきましょう。

 その詩で「East is East」、「東は東である」。「西は西である」、「West is West」。この二つはついに交わることはないと言っているのです。まず東洋と西洋とは別世界だと言うことをはじめに書いている。しかし、最後にはこう結論しています。このように絶対に違う二つの世界、東と西(これ皆さん方が「大和」と「みちのく」と置き換えても宜しいのですよ。)、これら二つが完全に一つになることが出来る、すべきである。そういう言い方をしているのです。どういうことになってくるのか。もし、この東と西、全く違った二つの世界それぞれが、自分のすべてをそこのところで払い落としてまっ裸になり、素っ裸になって、すなわち真実そのもので向き合って会話をするようにしたら、もう世界は二つではない。国境もない。人種もない。性別もない。こういうことなんです。英語で「Stand face to face」。こういう英語はぜひ覚えておいてよろしい。スタンド、立つ。フェイス ツウ フェイス(face to face)、面と面と向かって立つ。こういうことなんです。すなわち真実、腹の底を割って東と西が向き合って対話をしていったら、東だ、西だ、などとはなり得ない。完全に一つになる。こういう見方をしているのです。

 私は「無刑録」の心というのも、こういう心まで掘り下げて行くと無理がなくなる。しかしながら、金持ちと貧乏人、男と女、アメリカと日本、ヨーロッパとアジア、アフリカ、いつもこういうかたちでしか考えることの出来ない世界においては、「無刑」などということはあり得ません。これは絶対の平和、平等ということが根本でない限り有り得ないからです。こう考えていったら、「無刑録」を本当に理解するため、私たちはこの「East is East West is West」というものを、どのように乗り越えるかということについて、詩のかたち、文学のかたちでもって訴えている。だから非常に分りやすい。私はこういった分りやすい文学・詩が、国民的なものにならないで、殆ど役に立てていずに、どうでも良い学問にしかならないようなものが氾濫している不思議さを思っているんです。だから、私は決してこういったものが専門じゃないんですが、一個の人間として、むしろ一個の東北人として、本当に東北が日本の中の名誉ある、もっとも優れた日本人として、世界の中の名誉ある田舎人になるよう、自分の歴史の勉強の必修科目の一つに、勉強のテーマにしていくことにしているのです。

 さて、こういうことを踏まえてまず、「面と面 向き合う東西 別あるなし」。東と西、敵味方、本当に腹を割って向き合って対話するかぎり、そこには敵も味方もない。これ異論ありませんね。今問題になっている北朝鮮の問題も、本当はこういう哲学が必要なのに、その哲学がないんです。ポリシーだけなんです。ですからこの心を踏まえて「無刑録」をこなしていく。これを書いた著者芦東山先生は、アジアのこと、中国のこと、ヨーロッパのことまで知っているわけありません。ただ自分の真実だと思うことを真剣に書き、そしてそこに端然と坐っているだけなのです。理解する人を待っているだけなんです。そして実は「無何有」に対座して、誰を相手ともいえない、何処ともいえない。ある究極のものと向き合って対話をしているのです。この「無何有」、これヨーロッパでは、トーマスマンという人が「ユートピア」と言い、ギリシャ語では「ウットコス」、「どこにもないところ」と言っていますが、それを中国では「無何有」というのです。美しい文学の言葉で「桃源郷」などと言いますが、これは言葉どおり「無何有」といった方が良い。どこにもない、しかし無いとも言えない。英語では「no where」です。「無刑」、それから「無何有」、どちらも無です。私はこういうことを考えると、かえって「無刑録」の世界と言うのは、中国では「名の名とすべきは常名に非ず……」という大きな世界の中で、ユートピアなどと言われる「無何有」、どこにもないけれど、そこでもって我々が理想とする社会制度というものが現実になっている世界だとすることを書いたもの、それをユートピアと言い、それだから理想の書といわれるこの「無刑録」。それはトーマスマンのユートピアほど世界一級の作品といえるかどうかは若干問題ですが、この心は、他のどのものよりもこれに近い。そうであればなお更のこと、皆さん方が、こういったものの若干は、お読みになって悪くないではないかと思っています。お読みになりたい方は「世界の名著」などというもので今でも手に入ります。

 

<世界の名誉ある田舎人芦東山「無何有」思想>

 結論として「無刑録」というのは、私たちのあまりにも身近な学者がお書きになったので、立派で優れているとみんなが言っても、内々ではこのことに確信を持っておられる方は、あんまりいらっしゃらない。私はそのため、かえって中国や日本の、こういったような平和とか理想とか、そういうものについて最高のかたちで書いたものを、少しでも良いから勉強して、他のどのようなものより「無刑録」が、いちばんそれに近いのではないかという、漠然とした感想でももつところまで少し広い勉強をしてもらいたい。地元を理解する、そして実はこれは東も西もないということを言っているヨーロッパの詩人に導かれてみて、断金の友エラスムスという方が、もっと分りやすい冗談をこめたかたちでお書きになっている人類の教訓というもの、こういうものを「四書五経」というものなどと同じか、それ以上に、私たちに近い新しい古典として少しは学び、そこから「無刑録」や芦東山先生を読み直したり、考えなおしたりしていくなら、もっともっとすばらしい先人として、この地が最高の本拠、最高の校長先生となったスガタを表されるのだと、そういう感想をお持ちになっていただけましょう。

 私はそういうようなことでもって、この町における芦東山先生の、言ってみれば新しい勉強の開校式になるその記念講演をさせていただいたと、時間をちょっとオーバーしましたが、不勉強の話にもかかわらず、かえってそのため皆さん方にお役に立てたかも知れないお話をさせていただいたことに感謝しながら終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。